NCIが調査したトリハロメタンの人体への悪影響（動物実験結果）

2025.01.10

お水のこと

水道水に含まれる有害物質「トリハロメタン」は、消毒性副生成物です。

浄水場で滅菌処理のために使用される塩素剤が、水道水の原水中に常在しているフミン酸（木材や枯れ葉が腐ってできる物質）や、臭化物と反応して生成されます。

トリハロメタンにはどれほど毒性があるのか？　人体への悪影響の程度をしめした動物実験の結果をまとめてご紹介します。

総トリハロメタンの人体への影響

総トリハロメタンとは、「クロロホルム」「プロモジクロロメタン」「クロロジブロモメタン」「ブロモホルム」という4つのハロゲン化炭化水素の総称です。

水道水中にはこれら4つの物質が存在しますが、その一部には、発がん性や遺伝毒性（遺伝病や染色体異常による疾病を引き起こす可能性）が認められています。^*1

*1 鳥居修一（浜松医科大学医学部歯科口腔外科）「トリハロメタン一毒性と対応策について一」岩医大歯誌　7：171－177，1982

1974年ニューオリンズのクロロホルム事件をご存知ですか？

1974年11月、アメリカのニューオリンズでトリハロメタンの一種であるクロロホルムによる水道水汚染が社会問題になりました。

塩素処理後の水道水に含まれるクロロホルムに発がん性があるという報告がなされ、その毒性学的な影響についてさらなる追加調査が実施されます。

塩素処理後のハロゲン化炭化水素が人体から検出される

トリハロメタンは、ハロゲン化炭化水素の一種です。ニューオリンズの水道水から検出された13種類のハロゲン化炭化水素のうち、それを飲用している市民の血液からは、5種類のハロゲン化炭化水素が検出されました。

脂肪組織からも同じく、ハロゲン化炭化水素が検出されています。これらの検査結果を通じ、日常的に飲用している水道水を介して、人体がトリハロメタンを摂取しているという事実が指摘されるようになりました。

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国立がん研究所がトリハロメタンの一種「クロロホルム」に発がん性を認める

その後、アメリカの国立がん研究所（NCI）は、トリハロメタンのひとつであるクロロホルムの肝臓への発がん性を認めました。

致死量や発がん性を探るにあたって実施された動物実験結果を、今回は3種類にしぼってご紹介します。

クロロホルムの毒性学的実験１．致死量を示した動物実験

経皮吸収でも中枢神経をおかすと言われるクロロホルムを、腸管内に直接注入することによるラット実験が行われました。

実験の結果、クロロホルムの致死量は789〜1680mg／kgであることがわかりました。急性毒性についてはメスよりもオスのほうが感受性が高く、投与してからわずか60分以内に、「運動失調」「沈静」「知覚消失」などの中毒症状があらわれました。^*2

*2 Faye J. Bowman , Joseph F. Borzelleca , Albert E. Munson：The Toxicity of some Halomethanes in Mice, Toxicol Appl Pharmacol, 44：213-215, 1978．

クロロホルムの毒性学的実験２．肝臓への発がん性を示した動物実験結果

発がん性を直接的に示す実験結果もいくつか報告されています。

5種類の系統の異なったラットに、0.1〜1.6ml／ kgの量のクロロホルムを、5日に一度、4ヶ月間くりかえし経口投与した結果、肝臓がんの発生が見られました。^*3

*3 Allen B. Eschenbrenner, Eliza Miller： Induction of hepatomas in mice by repeated oral administration of chloroform with observation on sex differences, Journal of the National Cancer Institute, 5：251, 1945．

クロロホルムの毒性学的実験３．腎MESTや肝細胞がんの影響を示した動物実験結果

国立がん研究所（NCI）は、実験用のラットにクロロホルムを90〜200mg／kg／dayで、11週間つづけて投与した結果、あるラットには腎混合性上皮性間質腫瘍（腎MEST）を認め、またべつのラットには肝細胞がんが高頻度で発生することを確認しました。^*4

*4 National Cancer Institute, Division of Cancer Cause and Prevention, Carcinogenesis Program, Carcinogen Bioassay and Program Resources Branch：REPORT ON THE CARCINOGENESIS BIOASSAY OF CHLOROFORM, National Cancer Institute CARCINOGENESIS Technical Report Series, 1976.

トリハロメタンと胎児の奇形への有毒性

トリハロメタンの一種「クロロホルム」は、催奇形性の恐れもあります。

おなじくラットをつかった実験です。妊娠6日目を迎えたラットに16日間、30ppm、100ppm、300ppmのクロロホルムを、1日7時間吸入させた結果、その胎仔には「無尾」「肛門閉塞」「皮下浮腫」「肋骨欠損」「頭骨の化骨化遅延」などの異常が発生しました。^*5

*5 B A Schwetz, B K Leong, P J Gehring：Embryo- and fetotoxicity of inhaled chloroform in rats．Toxicol Appl Pharmacol, 28：442-451, 1974.

発がん性はもとより、催奇形性の恐れについても念頭において、妊娠中の方々は注意深くトリハロメタン対策を行う必要があります。

ニューオリンズ事件と同時期に日本でも問題視されたトリハロメタン

ニューオリンズでの事例と時を同じくして1974年、東京都立衛生研究所によって日本の河川水、水道水、雨水などに含まれるクロロホルム分析が実施されました。

その結果、塩素消毒後の水道水に多くのクロロホルムが含有されていることが報告されています。^*6

*6 梶野勝司（大阪市水道局工務部水質試験所）「塩素処理におけるトリハロメタンの形成」水道協会雑誌：17-36, 1977

消毒副生成物の毒性がわかっているのに日本で塩素消毒が続けられている理由

日本では、水道水の滅菌処理は「塩素剤に限る」ということが法律によって規定されています。

そのため浄水施設では、前塩素処理の工程と、後塩素処理の工程という二回に分け、水道水に多量の塩素を投入しています。

なお前者の処理は、汚濁の進んでいる原水を使用している浄水場において行われます。そして後者は、給水栓における遊離残留塩素の量を調整するために、法令上の規定数値になるまで追加投入されます。

原水が汚濁している浄水場では当然、塩素要求量が高い値となりますし、また遊離残留塩素についても、規定量を守るために夏場はとくに多量の塩素注入が必要です。

これによってクロロホルムといったトリハロメタンが発生するのに都合のよい環境が生じます。

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国際がん研究機関による総トリハロメタンの発がん性評価（2011年）

最後に、国際がん研究機関（IARC）による「総トリハロメタンの発がん性評価（2011年）」をご紹介します。

総トリハロメタンの種類	分類
クロロホルム	2B（発がん性の可能性がある）
ブロモジクロロメタン	2B（発がん性の可能性がある）
ジブロモクロロメタン	3（発がん性について分類できない）
ブロモホルム	3（発がん性について分類できない）

グループ2Bは、人体への「発がん性の限定的な証拠」がある、もしくは実験動物において「発がん性の十分な証拠」がある、などの場合に適用される評価です。

なお、グループ3の「分類できない」という評価は、人体に対する発がん性がないという評価ではないことに注意が必要です。詳細は以下の記事をご覧ください。

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日本の水道水質基準における総トリハロメタンの各値（WHOとの比較）

体重60kgの人間が一日に2リットルの水道水を毎日、生涯にわたって飲みつづけた場合において健康に影響が生じない濃度として、各トリハロメタンの量が設定されています。

日本の水道水質基準と、世界保健機関（WHO）の水質基準とを比較すると、以下のとおりになります。

	日本	WHO
クロロホルム	0.06mg/L以下	0.3mg/L以下
ブロモジクロロメタン	0.03mg/L以下	0.06mg/L以下
ジブロモクロロメタン	0.1mg/L以下	0.1mg/L以下
ブロモホルム	0.09mg/L以下	0.1mg/L以下
総トリハロメタン	0.1mg/L以下	項目なし